第2章 馬車に揺られて


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「はあ? ここまで来ていきなり何言い出してんだ、てめぇは!?」
 待ちに待って、ようやく開放された勢いをくじかれ、ウォンは振り向きざま怒鳴るように言った。
「何もくそもない。言葉どおりの意味だ。俺は俺の道を行かせてもらう。貴様等といては時間がいくらあっても足りない」
 吐き捨てるように言ってキルトは背を向けて歩き出す。
「はっ! てめぇ、びびってんだろ」
 ウォンの一言にキルトはぴくりと立ち止まった。しかし拳をぐっと握ると、何も言わずにまた歩き出した。
「なーにが、『俺の道』だ。こんな事でびびって進めないようじゃ、大したことねえなぁ、てめえの道とかってやつ……」

 パンッ――!!

 言い終わらぬうちに、キルトの銃から弾丸が弾き出された。のどかな空気をぶち破るような音を響かせ、それはウォンの髪と頬の皮一枚を器用にかすめると、後ろの建物の壁にめりこんだ。ウォンの頬に一筋、鮮やかな血がにじむ。
「それ以上人間の言葉をしゃべってみろ。次はそのカラの頭を撃ち抜く」
 不意をつかれ、放心していたウォンが、はっと我に返る。
「てめぇっ……」
 一度冷めかけた戦意が急速に戻り始める。目の前の青い目の少年に対して、確かな殺意をともない何倍もの勢いとなって体中に溢れる。ウォンは急に熱せられたように血がざわめくのを感じた。瞳孔が開き、瞳は頬ににじんだ血と同じ鮮やかさをもった炎を宿す。
 ゆっくりと、神経を張りめぐらせた動きで背中の剣に右手を伸ばす。
 ぐっと柄を握った瞬間、ウォンはホルダーから勢いよく剣を抜き放った。それとほぼ同時に、キルトの二発目の弾丸が放たれる。今度は確実に眉間を狙った一発だ。ウォンは左に飛んで、ぎりぎりでそれをかわす。
 騒ぎに気付いた街の人々が、悲鳴を上げながら遠のいていき、通りはあっという間に大騒ぎとなった。
 巻き込まれたくない者は慌ててその場から走り去り、好奇心が勝った者は遠巻きに二人を囲む。
 大勢の人々の視線にさらされて、キルトが少し冷静さを取り戻す。それでも、ウォンに向けた銃口は下ろさない。
「取り消せ……、さっき言った事を。そうすれば見逃してやる」
 低く冷たい声音から、はっきりと殺意がにじみ出ている。
「はっ! 誰が取り消すか! 何度でも言ってやるよ。ここで逃げるような奴に、大したことは、で、き、ね、え、って言ってんだよっ!!」

 パンッ、パンッ!!

 怒りに駆られてキルトがまた引き金を引いた。攻撃は直線的にしか来ないと学んだウォンが、身軽に動き回って狙いを狂わせる。一発がわずかに上着の裾をかするが、ウォンは怯むことなく間合いを詰めていく。
 むやみに撃てば他の人間に当たってしまう。
 キルトは舌打ちをすると、弾の軌道がウォンのみを捕えるよう、細心の注意を払いながら狙い続ける。
 10メートル程あった距離は一瞬で縮まり、ウォンが剣の間合いまで近づいた瞬間、キルトはその真っ赤な瞳に瞬時に照準を合わせた。

 当たる……。

 どこか冷静な頭で引き金をひこうとした時、ふとウォンが視界から消えた。
「次で頭撃ち抜くとか言ってなかったか?」
 ウォンの声を真後ろに聞いてキルトはすぐさま振り返る。振り向きざま撃とうと、ためらい無しに指に力をこめた。ウォンもまた、キルトの頭を狙ってためらい無く刃を振り上げる。
 次の瞬間訪れるだろう惨事を予測して、周囲の人々の間に悲鳴が響いた直後、争う少年たちの間に一瞬にして黒い影が割って入った。
 鈍い音がしてウォンとキルトがそれぞれ逆の方向に吹っ飛ぶ。両者とも、何の構えも無い腹に痛烈な拳が入り、数メートル宙を飛んで地面を転げた。どちらも起き上がる事も出来ずに、這いつくばったままうめく。
「ちょっと強すぎたかな?」
 ふわりと長い髪を揺らし、二人の間でラギが立ち上がった。その場に似つかわしくない、穏やかで優美とさえ言える微笑みで言う。
「僕はもう行くね。見失ってしまう」
 未だに立ち上がれずにいる2人にはかまわず、ラギはあっさりとその場を後にして、人ごみを割って駆けて行った。仰向けに転がっていたウォンは、ラギの言葉に慌てて痛みをこらえ、立ち上がる。ウォンの赤い瞳が、地面にひじをついてうめいているキルトと、どんどん人ごみにのまれていくラギの背中を見比べる。溜まりに溜まったキルトに対する鬱憤を、最後の機会であるここで晴らしておきたいところだったが、ラギは待ってくれそうも無い。
 ウォンはもう一度キルトを見下ろして、忌々しげに舌打ちをすると、物足りなさに踏ん切りをつけるように地面を蹴ってラギを追った。





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第2章 馬車に揺られて