覚悟〜光を追う者〜


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 店を出てから、ウォン達は、大広場に戻り、今度は一つずつじっくり見ていくことにした。
 大男が巨大な斧をいくつも使って、ジャグリングをやっているステージに、ウォンが見入っていると、向こうの方で歓声が上がった。人ごみを掻き分けて、ウォン達は騒ぎの中心に辿り着く。
 そのステージの上では、15歳までの子供に限られた剣術による勝ち抜きが行われていた。



「勝者、セイラム=ダグ=ユリウス様!これで9人抜き!誰か、この若き剣士を倒せるものはいないのか!さあさあ、挑戦者は居ないか?!」


 司会者が興奮した様子で大きく振りかえり、手をかざしたその先には、陽光にきらきらと光る長い金髪と、澄んだ水のような青い目をもつ少年がたっていた。動きやすいながらも、豪勢な飾りをあしらった服装のその少年は、熱気が高まった祭りの中においても涼しげで、隠す気のない気品を漂わせていた。

 この騒ぎの元であるその少年――――セイラム=ダグ=ユリウスはこのフェスティンガ国の王子であった。世継ぎとなるだろう、一番初めの子であったため、王、王妃は、セイラムが幼い頃より国中から優秀な人材をかき集め、これ以上にない教育を施した。
そのせいか、それとも元からの素質か、王子は何事においても長けていて、それに加え、母親譲りの美しさも持ち合わせていた。さらにその才能は学問、知識から剣術、魔法にいたるまで幅広く、まさに才色兼備、文武両道の13歳に成長していた。その事実は国の民にも知れ渡り、皆も期待の世継ぎであった。
 そして、その優れた力を国民を含む多くの人間に知らしめるためには、人の多く集まる祭は格好の舞台であった。

「さあ、もう挑戦者はいないか?」

 司会者が再び客席に向き直る。その横で、セイラムは従者に、動いたために多少崩れた身なりを整えられていた。
 もうそろそろ、立ち向かってくるやつもいるまい。
 セイラムは、勝ち誇った様子で観客達を見回す。同じくらいの年代の少年達は気まずそうに目をそむけ、街の娘達は、黄色い歓声をあげた。
 しかしセイラムは、ふとその中に敵意剥き出しの赤い目を見つけた。自由奔放に逆立った髪の毛も攻撃的な赤い色である。その少年はセイラムと目があってもそむけもせず、ステージの下からにらむようにのセイラムを見上げていた。
 おもしろい。
 セイラムは、人差し指で挑発的に招いた。セイラムの予想通りその少年は、興奮をあらわにしてステージに上がってきた。連れが慌てて止めようとしているが、全く耳に入ってないようだった。
 

「おっとお〜、ここで勇敢にも挑戦する剣士がいた〜!セイラム様、これに勝てば10人抜き!頑張れ少年、負けても大丈夫!参加賞がもらえるよ!」

 司会者の揶揄(やゆ)に、観客から笑いがもれる。
 試合は、大人の部は真剣であるが、子供の部では当たっても大事には至らない、薄い木を張り合わせた箔剣と呼ばれる剣で行われる。
 ウォンは係のものに名前をいい、箔剣を受け取ると、セイラムに向かって構えた。
 セイラムはふきだしそうになった。これまで自分に挑戦してきた者は、多少なりとも剣術の心得があるようだった。ところが、今目の前に立つこの赤髪の少年はどうだろう。気迫はたいしたものだが、構え方が全くなっていない。何よりもまず、両手持ちの箔剣を片手で構え、こちらに不恰好に突き出している。
 セイラムは、幼い頃より王家の者として持たなければならない武術、知識、品位を叩き込まれ、容姿さえ少しの隙もないよう教育され続けてきた。セイラムはそれを当然の事とし、受け入れ、周りを驚かせるほどに実力をつけてきた。そんなセイラムを、王も王妃も心から誇りに思い、必要以上に褒め可愛がった。
 セイラムの心に沸きあがって来た黒い感情は、高慢であるも自然の流れと言えるかもしれなかった。
 セイラムは、セイラム自身の基準において、優れているとは思えない者が、意気揚々としている様を見ると、『分をわきまえていない、根拠のない自信にあふれたもの』として、それをひどく嫌った。人には決まった位置というものがある。それは、努力でどうにかなるものもあるかもしれないが、いくら努力したところでくつがえらないものもある。人はそれに気付かなければならない。それに気付かずに、中途半端な実力で誇らしげにしている人間が多くいる。そんな人間には現実の力の差を見せ付け、身のほどを知らせてやるべきだ、とさえ考えていた。
 ウォンは、そんなセイラムにとって、格好の獲物であった。
 この大勢の前で、その自信を砕いてやろう。


「挑戦者は11歳のウォン=バンディッド!場外か降参、または私が戦闘不能とみなした場合、そこで試合終了!制限時間なしの一本勝負!」
 聞いているのかいないのか、ウォンは剣を構えたままずっとセイラムをにらみ続けている。
「用意はいいですか?それでは、、、、始め!!」
 司会者は上にあげた手を、勢いよく振り下ろした。
 ウォンはじりじりと相手をうかがう。セイラムは余裕の笑みで、そのウォンの様子を見ている。
 少し遊んでやろう。
 セイラムは軽く踏み込むと、ウォンに向かって構えた剣を斜めに振り下ろした。ウォンは慌てて、剣を持ち直すと、それをなんとか防ぐ。剣の衝撃をうけきらないうちに、セイラムはまた逆のほうからの攻撃に移る。また、慌ててウォンはそれを防ぐ。ステージの上、カン、カン、とリズムよく箔剣がぶつかり合う音が響く。

「いいぞー、王子〜!」
「やり返せ〜!赤い坊主!!」
「セイラム様〜!そんなガキ速くやっちゃって〜!!」

 観客席は大いに盛り上がる。その中で、ティンクスは、やれやれとため息をついた。
 何故こうも、騒ぎの元になるのか・・・。まあ、前は自分のせいでもあったのだが。あれから半年も経たぬうちに、今度は一国の王子とやりあっている。しかも、剣など握った事もないだろうに。セイラムの噂は、フェスティンガに入ればよく耳にする。非の打ち所のない有望な子息だと言う話ばかりだ。当然剣術も長けているのだろう。まだ若いのに、構えには隙がない。ウォンは剣の持ち方から既に違う。無謀すぎる・・・
 ティンクスが半ば呆れてあれこれ考えていると、観客席にわあっと声があがった。ティンクスがハッとして、顔をあげると、ステージの端ぎりぎりに追い詰められて後のないウォンの姿が目に入った。


「さあ、そろそろ疲れただろう?」

 息一つ切らさず、セイラムはウォンを見て貼り付けたような笑顔でにこりと笑った。しかしその裏には散々もてあそんだネズミに飽きた猫がとどめをさしにかかる、そんな残忍さを含んだ高揚感が隠れていた。余裕のセイラムに対して、ぎりぎりで攻撃を受け続けたウォンはもはや限界であった。
 肩で息をし、どうにか酸素をとりこもうとすることに精一杯だ。疲れきった腕では剣を持ち上げるのもやっとである。そんな状態でもなお自分を睨みつけてくるウォンの諦めの色を見せないその瞳に、セイラムは苛立ちを覚える。だが、それと同時に、とどめを刺し、実力を思い知らせる事への冷酷ともいえる期待は大きくなっていった。
 この、生意気な目も、あと数秒後には敗北の悔しさに満ちるのだ。
 セイラムの口元にゆがんだ笑みが浮かぶ。
 
 ウォンはその気に障る笑みを見て、半年前のあの日を思い出していた。



「終わりにしようか。」

 セイラムはもったいぶったようにゆっくり剣を真っ直ぐ上げると、ウォンに向かって斬りかかった。

 

 ティンクスのささやきが、頭の中で響く。

『身体の力を抜いて、拳にのみその力を集中させるんだ。心の中で、思い描け。』



 はっと我に返ると、セイラムが掲げあげた箔剣が、自分に振り下ろされようとしている。
『・・・集中するんだ・・』
 剣を握った手が熱い。その熱がじわりと剣にも伝わっていく。
 ウォンは周りの時間の流れがふいにゆっくりとなった感じがした。同時に周囲の音は聞こえなくなり耳の置くまでしんとした静寂が広がる。意識のすべては、今まさに自分に届きそうな、セイラムの剣の切っ先に集中していく。
 
 まだだ、まだ足りない。じわじわと、熱は高まっていく。
 よく見ろ。よく見るんだ。
 
 剣が鼻先に届こうとしたその瞬間。
 
 !!!

 ウォンは、セイラムの剣をなぎ払うように、下に構えていた剣を斜めに振り上げた。




 セイラムには、何が起こったのか解らなかった。攻撃に振り下ろしたはずの箔剣は、無意識のうちに、右横から来る大きな力への防御へと変わった。しかし、その防御でも抑えきれぬそれは、箔剣を真っ二つにし、自分の顔を目がけて、向かってくる。セイラムはとっさに体重を後ろにかけることによってそれを避け、その場にしりもちをついた。
 長い金糸が、はらはらとあたりに舞った。




 静まり返った会場の空気は、司会者の驚きと興奮が混じった声によって破られた。
「しょ、勝者、ウォン=バンディッドォーーー!!」


 観客達から、今までにない歓声が飛び交う。中には、セイラムの負けにショックを受け、ウォンを罵る声も混じっていたが、ほとんどが、ウォンの健闘を称えるものだった。

 その声で、呆然としていたウォンはやっと我に返った。
 自分は勝ったのか?そして、あの力がまた出せた?この半年間どんなに頑張っても、現れなかった力が?
 ウォンは、今はもう熱も冷めてしまった自分の右手をじっと見つめた。剣を強く握りすぎたせいで赤くなった事以外は試合前と何も変化はなかったが、それでも確かにその手に力が溢れた事を確信すると、ウォンはぎゅっと強く拳を握った。
 セイラムは放心して、しりもちをついたままの姿勢から立ち上がることが出来ずにいた。従者達が慌てて、駆け寄り助け起こしたが、目はまだ空を見つめている。徐々に、想像すらしなかった状況を飲み込み始めたセイラムが、あたりに散った金糸を見て、おそるおそる自分の横の髪に手を伸ばす。あんなに長く綺麗だった髪は、前の半分の長さになってしまっていた。その感触を確かめながらも、その事実をセイラムは飲み込めずにいた。剣と言えども、箔剣のすべての素材は木である。いくら硬度をもったところで、揺れ動く髪の毛をこうもすっぱりと切れるはずはない。そんな事は見たこともないし、聞いた事さえない。
 困惑しつつも一つの現実がセイラムの心にはっきりと浮き上がってきた。
 剣の試合に負けた。皆の前で負けた。それも、ろくに剣術も知らない自分よりも小さな子供に。自信を打ち砕いてやろうと思っていたのに、負けた。自信を打ち砕かれたのは・・・・自分?分をわきまえず、実力に気付いていなかったのは・・・。
 セイラムの心に、急に今までに感じた事のなかった屈辱感と怒りが込み上げてきた。自分が当たり前だと思っていたものがひっくり返った瞬間だった。セイラムは慌てふためく従者達を力任せに払いのけ、その場を走り去っていった。


「さあ、挑戦者はもういないか?」
 司会者は観客の誰もがすでに答えはわかっている問をなげる。箔剣とはいえ作りはしっかりしている。大人ならまだしも、子供が一戦交えたぐらいで折れるようなシロモノではなかった。それが真っ二つに散らばっているのを見て、挑戦してくるものはもういなかった。

「では、授与式に移ります!」
「ジュヨ式?」
 ウォンは怪訝な顔で司会者を見た。勢いだけでステージに上がって来たウォンには、何のことか見当もつかなかった。
「なんと!君はもしかして、この試合にかけられてる賞金を知らないで出てきたのかい?まさに無欲の勝利!この勇気ある小さな剣士にもう一度拍手を!」
 客席から、また大きな拍手と歓声が起こった。その試合には子供にとってはかなりの額の賞金がかかっていたのだ。ステージの真ん中でウォンは、気持ちが追いつかずに、ただ呆然と立っていた。
 

 授与式を終え、賞金を受け取ったウォンは、急いでティンクスの元に戻った。

「見てたか?!」
 ウォンの中に今ごろになってやっと現実感が沸き起こる。その現実感が呼び水となって押し寄せた興奮を抑えきれずに、ウォンはティンクスの周りを飛び回った。
「まったく、ウォンにはいつも驚かされるよ・・。」
 ティンクスもまた嬉しさを抑えきれないように、跳ね回るウォンをひょいっと抱え、高くかかげた。ウォンは急に高くなった視界に驚き、いつも見上げていたティンクスの顔を見下ろした。ティンクスは本当に幸せそうに笑っていた。誰かに抱き上げられた記憶のないウォンもまた、その喜びを伝えようと満面の笑みで返す。
 ウォンにとって、拍手よりも賞金よりも、それが何にも変えがたい褒美だった。
 

 その後も二人は、人ごみの中を歩き回り祭りを楽しんだ。人の多さに丸裸の賞金袋をぶらさげている事が不安になったウォンはなくすといけないから、とずっしりと重い袋ををティンクスに渡した。
 ウォンはあまりに祭に夢中になっていたため、マーカスとの約束の仕事の時間には少し遅れてしまった。怒られるかと思いびくびくしながら店に入ったウォンだったが、店は今までにないほどに混み合っていて、マーカスは怒る暇もないようだった。ウォンは、小さな幸運を逃すまいと、こっそり入って仕事についた。




「あんたで最後か。」
 真夜中、嵐が過ぎ去ったような有様の店内で、ティンクスが一人珈琲を飲んでいた。
「そのようだね。あ、ウォンは今何してる?」
「向こうで、大量の皿洗いをやってるよ。もう、終わるだろうがな。」
 マーカスの読み通り、厨房に通じるドアが、ぎっと開いて、祭りと仕事で疲れ果てたウォンがあくびをしながらやってきた。
「ウォンおいで。」
 ティンクスは手招きをすると、ウォンを席に座らせた。テーブルの上に、昼間預かった賞金の袋をどさりと乗せる。
「あ、忘れてた、ありがと。オレまだ見てないんだよ。」
 ウォンは、マーカスにも話してやろうと思いつつ、袋のふたを開けて、目を見開いた。
「これ・・・」
 驚きを隠せず、ウォンはティンクスをうかがう。
「ああ、全部君のものだよ。よく考えて使いなさい。」
「すげーじゃねえか。」
 横から見ていたマーカスも驚いていた。
 そこには、ウォンが今まで手にしたこともないような大金が詰まっていた。

 

 その夜、ウォンの心にひとつの夢が芽生え始めていた。


 旅にでたい。


 今まで話に聞くことしか出来なかった、外の世界を見てみたい。知らないものをたくさん見て、聞いて、触れてみたい。賞金だけではまだ足りないだろう。しかし、後1年も働いて貯めれば、旅の支度が出来るくらいの金はたまる。こんな小さな自分でも旅に出ることが出来るかもしれない。
 いずれやってくるだろうその日のために、ウォンはその賞金を部屋の隅の小箱に大切にしまった。



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