覚悟〜光を追う者〜


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 城の前の大広場は、異様なほどの熱気に包まれていた。ちょっとした火種があればすぐに爆発してしまいそうな、そんな類の熱気。そこは、ウォンが今までに出会ったどんなものとも別次元の、同じ国とは思えないほどの世界だった。
 どちらかと言われれば、間違いなく裸に近い姿で、踊り歩く女たち。頭につけられた色とりどりの大きな羽飾りが、人ごみから突き出てふわふわとゆれている。その色合いは、その場のものたちの祭り気分を一層掻き立てた。
 祭りのざわめきの中で時々悲鳴が上がる。その元は、見物客の身の安全は、あまり考慮されていないのきわどい曲芸の数々だ。
 見た事もない獰猛そうな獣が、鎖もなしに、主人の指示に従って見事な技を披露し拍手をあびている。余興として客席に飛び込んだその獣が、恐怖で泣き叫ぶ女性の頬をべろりと舐め、またステージに戻っていった。緊急事態だ、と咄嗟に剣を抜いた数人の観客も、ほっと胸を撫で下ろし、その獣と獣使いに拍手を送った。
 その隣では、魔法師達により、盛大なイベントが開かれている。青魔法を使う者、赤魔法を使う者。両者の特性をしっかり掴み、それを生かした魅力溢れるステージだ。魔法の知識のないものは、その幻想的な光景に心を奪われ、また魔法の知識のあるものは、その技術にため息をもらした。
 観客参加型の出し物も多くあり、広場では参加者をつのるため、たくさんのビラが撒かれていた。
 賞品を狙って出る者、勢いで出る者様々で、広場では常にどこかで観客自らがステージに立っていた。
 身体を使った競技、魔法を使った競技に始まり、大声競争、大食い競争、即興アカペラ大会、公式なものから怪しいものまで様々な競技が揃っていて、出たいと思うのなら、老若男女どんな者も何かしらのイベントに参加出来るようになっていた。その場のノリで、盛り上がればいいという、なかば投げやりな出し物も多くあり、もはや傍目からは理解できぬ有様で何かを競っているらしい人間達よりは、ステージの上の獣のほうが幾らか人間に近かった。
 出店も多く、広場から放射状にのびる道に沿って、端が見えないほどに続いている。異国の食べ物も数え切れないくらいに売られており、歩く場所によって、四方から色々な匂いが漂ってくる。
 出店で売られているのは食べ物だけではない。珍しく、怪し気な商品を売り出す異国の商人達が、ここぞとばかりに所かまわず店を広げている。これに負けじと、地元の店も祭りに乗じて、さまざまな試みをしていた。

 気温すらも違うだろうほどに人でごった返す広場を、ウォンはティンクスに手をひかれ歩いていた。
 目にとまるものすべてが新鮮であるウォンは、一点に目をとめるたびに止まる事のない人の流れに突き飛ばされていた。突き飛ばされるたび、自分がその場にいて大丈夫なのか、許されているのかという小さな棘のような不安が心に刺さる。ウォンは顔の横あたりでしっかりと自分の手が、大きく暖かい手によって握られていることを確認する。そして、目でその手から腕へ肩へと辿ったところで、ふと気付いたティンクスの笑顔をに出くわす。たった一人、この大勢の中でたった一人のその自分に向けられる笑顔を見て、ウォンは感じたことの無い喜びを味わった。それは暖かく、そのあまりの暖かさに溶け出した氷の水滴がこぼれるような感覚をウォンにもたらした。その感覚をごまかすために、ウォンは、にっと太陽のような、心からの笑顔を返すと、ティンクスの手をいっそう強く握った。





「ご飯食べようか。おなかすいたろう?」


 次から次へと移り変わる風景に見入っていたウォンは、ティンクスに言われて初めて空腹に気づいた。


「どこにしようか。他の国の食べ物もいいけど、当たり外れがあるから・・・。
そっちは、あとで試してみるとして、おなかいっぱいおいしいものを食べるなら、地元の店かな?
私のお勧めの店でいいかい?ウォン」


 ティンクスがお勧めというなら、きっといいとこなんだろう、とウォンは思う。だがウォンにとって、どこへ行くかはあまり大きな問題ではなかった。ウォンにとっては、ティンクスと一緒に出かけられること自体が嬉しかったのだ。
「おう!」
と、勢いよく答えると、ウォンは抑えきれない嬉しさに突き動かされるように、人ごみの中を器用に飛び回った。



 広場から少し外れたその店はティンクスが勧めるだけはあり、おいしい店だった。量も適度で、ウォンもティンクスも色々なものをおなかいっぱい食べた。
 しかし何よりも、ティンクスがこの店を選んだのは、祭りの間だけやっている占いのためだった。

「おばあさん、この子を占ってやってください。」

 食事を終えると、ティンクスはカウンターの隅に居る老婆のところへウォンを連れて行った。
 うつむいていた老婆はしわだらけの顔を少し上げると、その中に光る大きな目玉でじろりとウォンを見る。その眼光の鋭さにウォンは少したじろいだ。何事か納得したように低い声でぼそぼそと独り言を言うと、横においてあった果実を乾燥させたらしいとっくりから、鮮やかな青色の液体をコップに注いだ。
 ゆっくり、3回に分けてのみな、と老婆はウォンにコップを差し出す。見た事もない色の飲み物に、ウォンはためらう。口の中に入れるものにしては、あまりに鮮やかな青だった。見上げたティンクスの笑みに促されて、口にコップを運ぶ。青い液体はどろりとして、お世辞にもおいしいと言えるものではなかった。せっかく食べたおいしい料理の味を忘れてしまいそうな味である。
「これに手を置きな。」
 老婆はそう言うと、手のひら大の黒い布をカウンターの上に差しだした。ウォンは言われたとおりに、それに手を置く。見た目のには何の変哲もないただの布だった。しばらくそのままでいた後、老婆は、もういいよ、とウォンに手をよけさせる。老婆は黒い布の端をつまんで裏返すと、背後からから取り出した三角錐の怪しげな道具で、霧状の液体を布に撒いた。その霧は、先ほどウォンが飲んだ液体と同じ色だった。
 老婆はその布の上に、骨の浮き出たしわだらけの両手をかざすと、目をつむり口の中で何事かを唱え始める。
 ウォンがその布をじっと見ていると、真っ黒だった布のうえにじわじわと色が浮き上がってきた。その不思議な光景にウォンは目を奪われる。その色はどんどん広がっていき、老婆が両手を下ろす頃には、7つの色ががもやのように混じりあった背景の中に、太さの違ういくつもの葉脈のような線が延びた不思議な図が浮き上がっていた。
 老婆は目を細めじっとそれを見つめる。つられて、ウォンも覗き込んだが、邪魔だ、と老婆によって追い払われた。少しむくれたウォンを気にもせず、老婆はじっとウォンを見つめ語り始めた。

「未だ、出会ってはおらぬ大きな輝きがお前さんを待っている。
一見つながっていないように見える支流も流れのひとつであり、やがては大きな河となってお前さんを導くだろう。
舟を持て。そして、ひとつひとつの『輝き』を大切にするのじゃ。
どんなに、頼りなく見えようとも、それはお前さんの武器となろう。
今はまだずっと向こうにある、強い光を追うのじゃ。」
 一息に言い終わると、老婆はまた来た時と同じようにうつむいた。


 老婆の言ったことは、ウォンには、さっぱり解らなかった。しかし、ふと隣にいるティンクスが、かつて言ったことを思い出す。

『自分を呼ぶもの』

 まだ幼さの残る少年は、心なしか心臓のあたりが熱くなった気がして胸をおさえた。

「お婆さん、ありがとう。」
「ありがとな、ばーさん。」
 ウォンもティンクスにつられて礼を言う。老婆は、何の反応も返さなかったが、ウォンはまた祭の事で頭が一杯になり、ティンクスを引っ張るようにその場を離れる。

 食事の支払いの時間さえももったいないと言わんばかりに、店を走り出ていったウォンの背中を見て老婆は呟いた。
「転機は早々にしてやってくる・・。すぐにそこまで来ている。」

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