覚悟〜光を追う者〜


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「ウォン!!おい、起きろ!仕事だ!」

怒鳴り声でウォンは目を覚ます。ぼーっとした頭を巡らせて、今の状況を把握しようと努める。壁の僅かな隙間から入ってくる光が、既に日が昇った事を知らせている。その光に照らしだされた見慣れぬ天井と、山積みの段ボール箱。
 徐々に思い出されてきたあまりに幸せな昨日の夜に、夢か?という考えがよぎったが、階下から聞こえるマーカスの怒鳴り声と、何より二日酔いのひどい頭痛が昨日の一件は現実であった事を告げていた。


「おい、何をやってやがる?!仕事をはじめる前からクビにされてえのか?!」


 クビという言葉にギクっと反応し、今すぐ行く!と、ウォンはがんがんする頭を抱え、大慌てて階段を駆け下りた。
 

 店の中に入るとマーカスはグラスを片付けていた。ウォンが訪ねて来た時と同じように、やはり室内は昨夜の騒ぎが嘘だったのかと思うほどにひっそりとしていた。
「12時には起きろ。」
 時計は既に1時を回っていたが、マーカスは一言だけ告げると最後のグラスを棚に収め、ウォンに向かって手招きをした。
「起きたらまず店の掃除をしてもらう。掃除用具はそこの廊下の壁に立てかけてる物を使え。雑巾は横の箱にある。」
 廊下へ続く入り口を覗くと掃除用具一式が揃えて置かれているのが目に付いた。
「1時までには掃除を終わらせ配達されてきた品物をうけとり、それぞれの場所に運ぶ。それが終わったら、料理の仕込を手伝え。厨房はこっちだ。」
 マーカスに続いて廊下を左に行くと、マーカスの部屋への扉と隣接してもう一つ扉があることに気付く。ぎっと音を立てて開けられた扉から中を覗くと、きっちりと整理された調理場が、いつでも使えるよう待機していた。
 「店は5時に始まる。それまでに、事前の仕事は全部終わらせ、今度は店に料理を運んだり皿を洗ったりの雑用をする事。」
 店に戻りながらマーカスはてきぱきと説明を続けた。マーカスが背中をむけている隙に、ウォンはこらえていたあくびをもらしかけたが、急に振り向いたマーカスに驚き慌てて両手で口を覆った。
「料理運ぶ時につまみ食いなんかしやがったら、お前の飯は抜きにするからな。」
 マーカスの厳しい注意に一瞬聞き逃しそうになったが、その言葉にウォンは目を輝かせる。
「飯・・・・?俺の?何かあるのか?」
 そんな都合のいい話などあるはずがないと思いながらも、ウォンは期待を抑えきれずにマーカスを見上げる。
「・・・1人分作るのも、2人分作るのも大した差じゃねえ。腹がへって倒れたなんてことになっちゃあ、面倒だからな。」
 マーカスは顔を背けて、そう言うと、ただしきっちり飯の時間には取りにこい、と付け加える。ウォンは、喜びを抑えきれずにその場で飛び跳ねてはしゃいだ。その様子にマーカスは舌打ちをし、うるせえぞ、早く来い!と怒鳴る。
「閉店は基本的に2時だ。皿洗いと店の掃除が終わったら寝てもいい。」
 そこでだいたいの説明が終わる。大変な仕事に思えたが、驚くべき事にマーカスはこの仕事を全部一人でこなしていた。人に厳しい分マーカスは自分にも甘くはなく、仕事はきっちりしていた。
 自分の分として作ってくれたらしい食事をほおばりながら、はじめに思ったほど嫌な奴でもなさそうだ、とウォンはマーカスへの印象を改めた。
 食事を終えて言われたとおりに、店の掃除をしている間、昨日の事を振り返る。
 あの時の力はなんだったんだろう。ティンクスが肩に触れたとたんに力があふれてきた。よく考えてみると、どうも自分の力で勝った気がしない。ティンクスは、たしか、後2,3日はこの国にとどまるといっていた。それならば、今夜もこの居酒屋に来るかもしれない。
 ウォンはその時にティンクスと話し、色々と聞く事に決めた。





「あれは、間違いなく君の力だよ。」
 ウォンの予想通り、晩に煉瓦にやってきたティンクスはさらりと言う。
「私はちょっと、手伝ってあげただけさ。君が力を出しやすいようにね。」
 昨日と変わらぬ穏やかな雰囲気で、ティンクスは微笑んでいる。
「じゃあ、ティンクスが触れれば誰でもあの時、氷を粉々にすることが出来たってことか?」
 それじゃあ、オレがここで働けるようになったのは、全然自分の力じゃねえじゃん、とウォンは不機嫌を隠しもせずにむくれてみせる。それを、見てティンクスは笑って言った。
「誰でもってわけじゃないよ。あれは、ウォンだから出来たんだよ。正真正銘、君の力で勝ち取ったものさ。私は君の力を見てみたかったんだ。だから、ちょっと手伝わせてもらった。」

 でも、どうやったらあんな力を自分で出せるのか。ティンクスはどうやって自分に力があるとわかって、どうやって力を引き出したのか。そもそもこの力はなんなのか。
 山ほどの質問が浮かび、じゃあ、と口を開きかけると、ティンクスは急に真摯な顔つきになりそれを制した。

「ここからは、自分で学ぶんだ。その方がいい。君なら出来る、きっと。」

 ティンクスは拳を作りウォンの胸を軽くたたいた。

「ここで何か君を呼ぶものがないかい?理由もなく、何かに気持ちをかき立てられるれるようなことがないかい?いてもたってもいられないような、どこかへ飛び出していきたいような、そんな感じ。君の中にはそんな力が眠ってるはずだ。気づいてないとしても・・。」


 ティンクスの赤い瞳をウォンは、まっすぐに見返した。色々なものを見てきたと直感でわかる奥深い瞳。澄んではいてもけして浅くは無い。ウォンは、ティンクスは、この力のことだけを言ってるのではない気がした。もっと、大きなものを伝えようとしている。言葉にしてしまっては意味がなくなるような大切な事。ウォンはそう感じ取ると聞きたい事を、すべてぐっと飲み込んだ。

「わかった。」
 と、ウォンが大きくうなづくと、ティンクスはいつもの笑みに戻った。

「ほら、早く行かないと・・・・。」
 ティンクスの目線を追って後ろを振り返ると、鬼のような顔をしてマーカスがこっちに歩いてくるのが目に入った。うわ、やべっ、と慌てて仕事に戻ったウォンの背中を、ティンクスはくすくすと笑って見ていた。





 ウォンが煉瓦で働き始めて、約半年がたった。年中、わりあい暖かい気候であるフェスティンガであるが、一年でも最も気温の高い季節がやってきた。
 湿気と蒸し暑さに耐え切れず、屋根裏で発掘した廃材の数々を駆使して、ウォンが屋根裏部屋の天井に勝手に開けた天窓は、幸いマーカスにはまだ気づかれていない。そんな手作りの天窓から入ってきた心地よい風でウォンは目を覚ました。
 仕事にも大分なれ、身体的にも精神的にも余裕が出てきた。仕事の合間合間に聞く旅人達の話はウォンの心を躍らせた。その度に、ティンクスの言葉が心の中で大きくなっていくのがわかった。
 しかし、あの時の力は、あれ以来色々試してみたが、現れることはなかった。
 時計を見ると仕事が始まる12時までにはまだ小1時間ほど時間があった。たまには、散歩でもしてみるかと、ウォンは外に出る。
 「煉瓦」は比較的裏道の方にたっていた。小道を抜け大通りに出て大きな店の建ち並ぶ中心街を歩く。いつも活気のある街だが、今日は一段と賑わってるように見える。浮き足立ってるようにさえ見えた。そして、こころなしか旅人らしき人間が多い気がした。
 ウォンは散歩を終え、店に戻った時、ふとマーカスに聞いてみる。

「なんだ。お前は、この国に住んでいながらマドバンを知らねえのか。」
 呆れと驚きの混じった顔でマーカスはウォンを見る。ウォンはむっとし、だから何なんだよ、と口を尖らせる。
「あと、3日だ。城の前の大広場があるだろう。あそこを中心に大々的な祭りが開かれるんだよ。『この世の終わり』って言われるほど過激な祭りだ。あまりに有名で、この祭りのために他の国からもけっこう、観光客がきやがる。」

 そうえいば、年に一度城の方で花火が打ちあがる時期があった。スラムは城から遠く離れていたため、ウォンは行かなかったが、スライボが、‘マツリ’があるのだと言っていたことを思い出す。

 マドバンはフェスティンガの名物イベントであった。『マッドバンクエット(狂気の宴会)』というその名のとおり、前夜祭から数えて4日間、城の前の大広場は狂ったような騒ぎになる。それぞれ、思い思いの格好をした者が、時も場所も関係なく城を中心として街中を練り歩き、誰もが昔からの知り合いのように共に酒を飲み、笑い、肩を叩き合う。広場ではたくさんの出店が連なり、様々な出し物が繰り広げられる。中には、参加型の出し物もあり、多くの人が、自分の長けているものを披露しあう場もあった。夜には、盛大に花火が打ち上げられ、祭りの間は、城の周囲は静まる事を知らない。
 祭り好きなこの国の古い王が、この狂宴を始めて、はや100年になる。その祭りの激しさと言えば度を過ぎていて、毎年死者が多く出るほどだった。それが、マドバンが『この世の終わり』と言われる所以である。それでも、祭りが取りやめにならないのは、観光客から得られる収入や、祭りそのものの魅力、そしてなにより、祭り好きなこの国の人々の気質のおかげだろう。

 

 3日後、前夜祭の日がやってきた、最近、店に来る旅人達が多かったが、皆前夜祭に行ってしまったのかその日、店はすいていた。
「こんばんわ。」
と、聞き覚えのある声が入り口から聞こえる。

「ティンクス!」

 拭いていた皿をほっぽりだして、ウォンは駆け寄った。

「お、背が伸びたね。」

と、ティンクスは、それでも彼の背には到底及ばないウォンの頭をぽんぽんとたたく。ウォンはティンクスになついていた。あまり、深く人を信用する事のないウォンだったが、本能的にティンクスのことは気に入ったのだった。ティンクスもまた、子犬のように駆け寄ってくるウォンを気に入ってるようだった。
 
 客が少ないので仕事も少なく、ウォンはティンクスとゆっくり話すことが出来た。今回ティンクスがフェスティンガに立ち寄ったのは、やはりマドバンのためだった。ただ、ティンクスは祭りそのものを楽しむと言うよりは、たくさんの人で賑わっているのを見るのが好きだと言う。そんな話から始まり、2人はいろいろな話をした。

 夜もふけて、店の中は3人だけとなった。じゃあ、そろそろ失礼しようかな、とティンクスは立ち上がる。

「宿は取ってあるのか?」
 マーカスが聞く。
「それが、ついたのがさっきでね、まだ取ってないんだ。この時期に取れるとこなんてないかな?」
 ティンクスは、苦笑交じりに頬を掻いた。
「じゃあ、オレんとこに泊まっていけよ!」
 横からウォンが名案とばかりに目を輝かせて言う。
「はっは、あんな物置に客人を泊める気か!」
 マーカスは、心底おかしそうに笑った。ウォンは聞こえなかった事にして続ける。
「なあ、いいじゃん。野宿よりはましだって。布団一組しかねーけど、暑いからそんなのいらねーし、なあ?なあ?」
「んー、どうしようかな。・・・・じゃあ、お言葉に甘えようかな。」
 ティンクスは期待に満ちた目で見上げてくるウォンに微笑んだ。
 よほど嬉しかったのだろう。ウォンは、やった!!と飛び上がって叫ぶと、転びそうな勢いで、部屋を片付けてくる、と上にあがっていった。

「いいのか?ほんとに。家主の俺が言うのもなんだが、ほんとに物置みてえな所だぜ?」
「はは、いいよ、大丈夫。野宿よりはましさ。それに・・・あんなに喜んでるしね。ところで、ひとつ頼みがあるんだけど。」
「なんだ・・・。お前さんの頼みは、いつもろくな事じゃねえ・・・。」
「そんなろくでもないことじゃないさ。明日、昼間ウォンを借りちゃ駄目かな?」
 なんでまた、とマーカスは言いかけたが、すぐにティンクスの意図を察する。
「祭りか。」
「うん、聞けば一度も行った事がないって言うじゃないか。マドバンはさすがに子供一人じゃ危ないだろう。まして、どんな物かわからないウォンじゃ、なおさら。マーカスは連れて行く気はなさそうだし」
 そうだろう?と笑って、みやると、ふんとマーカスは鼻で笑う。
「勝手にしな。ただし、店が始まるまでには返してくれよ。忙しいんだからな。」
 マーカスは連れて行きたくとも、店を休めない事をティンクスは知っていた。普段、厳しい態度をとっているが、マーカスは思いやりのある男だった。
 ありがとう、それじゃあまた明日、と片手を上げるとティンクスは上にあがっていった。



「随分住み心地が良くなったじゃないか。」
 灯りはちゃんと部屋全体に光が行き渡るように天上にくくりつけられ、照らされた部屋には、もらった給料で買ったと思われるものがちらほらと並んで生活感をにじませていた。積み重ねられた箱にもそれぞれの用途があるようで、半年の間に色々な工夫がなされたようだった。そして何より、前は天井だったところにぽっかり、手作りの天窓が出来ている。マーカスは知らないのだろう、と予想したティンクスはくすりと笑った。
 片付けに専念していたウォンは、その声でやっとティンクスが来た事に気づく。

「ティンクスは、オレの部屋見たことあったっけ?」
「はじめの日、酔いつぶれたウォンを運んであげたのは私だよ?」

 ティンクスは、くつくつと笑って答える。そうだったのか、とウォンは照れくさそうに頭を掻いた。

 いつもは自分ひとりだけの、その部屋に、今夜は大好きなティンクスがいた。嬉しさで気持ちは高ぶり、なかなか寝れそうになかった。
 そんなウォンに、ティンクスは旅の色々な話を聞かせてやった。
 ティンクスの穏やかな声が紡ぎだす様々な異国の話や、冒険談を聞きながら目をつぶると、ウォンの頭の中に見たことのない風景が広がる。やがてその中をウォンは歩き始めた。横を見上げれば、ティンクスが微笑んでいる。そうか、オレは旅をしている。いつだったか、ティンクスが言っていた・・・。オレを呼ぶもの。それを探して旅をしているんだ。
 安らかな寝息をたて始めたウォンに、そばにあった薄い布をかけてやると、ティンクスは明かりを消し、ウォンの横で眠りについた。




 朝、ウォンが目を覚ますと隣にティンクスの姿はなかった。
 まさか、別れも言わず行ってしまった?ウォンは起きたばかりでまだ頭がはっきりしないまま、転びそうになりながら慌てて下に駆け下りた。

「あ、おはよう、ウォン。」

 店の方でティンクスは、マーカスと珈琲を飲んでいた。ウォンは大げさなほどに安心をあらわにする。そんなウォンに、ティンクスはにっこり微笑む。

「ウォン、今日、私と一緒にお祭りに行こうか。」

 ウォンは思いもよらなかったティンクスの言葉に、声にならずに嬉しさと驚きで目を見開いた。だが、すぐに表情を曇らせ、黙って珈琲を飲むマーカスを見やる。

「でも、仕事が・・。」

 しばし無言だったマーカスだが、

「行って来い。」

 ぶっきらぼうにそう答えた。またもや、予想外の返答にウォンは飛び上がって喜んだ。
「オレさ、オレ、初めてなんだよ!マツリってやつが!すげえんだろ!?人が一杯きてて、一杯楽しいもん見れるんだろ?!時間なくなっちまうよ!」
 はしゃいで、今すぐ行こうと、ティンクスの手をぐいぐい引っ張っていくウォンに、5時までには帰って来い!忙しいんだからな!と、マーカスは怒鳴ったが、その声も心なしか楽しげだった

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