第2章 馬車に揺られて


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「旦那、今回の目玉品だ。どうだ、この杖。ここにはめてある赤と青の魔石。これだけでも値打ちがあるぜ」
 男の茶色の瞳が鈍く光る。差し出された杖をためつすがめつして、質屋はじろりと男の風貌をうかがった。
「胡散臭い」という言葉がぴったりの男だが、手の中にある杖は、持ってきた品の中では確かに一番価値のあるものだ。
 さらに、見たことの無い作りではあるにしても、店に持ち込まれてくる品物の中では最上級に位置する。質屋の主人の勘がそう告げていた。
それでも簡単に高値をつけてやる気は毛頭ない。いい品を上手に安く手に入れて、少しでも高値で売りつける。それは多くの商人と同じように、その店主にとっても基本的な商売の策であった。
 店主は赤い石と青い石、それぞれに手をかざす。微弱ながらも、赤い石は淡い紅の光を、青い石は澄んだ蒼の光を放つ。
「ふむ。確かに魔石のようではあるな。魔力に反応する」
 ここまでは本当だった。
「だが、こりゃ純度が低いね。今魔力をちょいと込めてみたが、光が弱かったろう。魔石自体の純度はそんなに高くないってことだ」
「おいおい、旦那……。そりゃねえだろう。言っちゃあ悪ぃがあんたの力不足なんじゃあないかい?」
 店主は少しむっとする、ふりをした。
「何を言うか。何年この商売をやってると思う。赤青、どちらの魔法も使いこなせないようじゃあ、価値のあるもんとそうでないもんの違いなんてわかるか。見てな」
 店主は台の上にあった、どこにでもあるような木作りの杯を手の上にのせると、男の前にこれ見よがしに突き出した。男が店主の意図を察するより早く、杯は瞬く間に燃え上がり、ばらばらと男の足元に散らばった。
 男は一瞬の出来事に驚いて思わず一歩ひいた。
「どうだい。これでも力が足りないって言うかね。信じられんと言うのなら、あんた自身が確かめてくれたっていい」
 それが出来ないからこうして価値のありそうな品物を、のこのこ持ってきたのだ。
「驚かすなぃ……。あんたも人が悪い。まあ、魔石はいいとして、この金の細工はどうだい。これはいくら俺でも価値のあるもんだってわかるぜぃ。3バークでどうだい」
 男はへらへらと笑う。
「はっは! 冗談を言うんじゃない。いくら何だって、そんな価値のあるもんじゃあない。魔石とこの細工からして1バークが限度ってとこだ」
「1バーク!? 旦那……、魔石抜きだってその値段はねえだろう? なんなら他の所に持って行ったっていいんだぜ?」
「他のところに持っていけば、さらに値は下回るだろうよ。その金細工の価値がわかる俺だからこそ、この値段で買おうと言ってるんだ」
 店主と男は台に置かれた杖を挟んで駆け引きを続ける。男は少しでも高く、店主は少しでも安く、その杖をこの場で取引しようと躍起になる。
 
 それで、店に人が入って来たのに気がつかなかった。
 
「あら、素敵な杖じゃない」
 すぐ側からしゃがれた声が聞こえて、2人は話すのを止め、弾かれたように顔をあげた。
 つま先が隠れるほどの黒いローブ。その上からさらに獣の毛とおぼしき光沢のある黒いマントを羽織っている。マントの襟は鼻の上まであり表情は見えない。目深にかぶった帽子の大きなつばとマントの間から、生きた人間のそれとは思えない白い肌がのぞいている。
 ただならぬ雰囲気をまとったその訪問者は、音も気配もなく店に入ってきた。ゆっくりとあごを突き出すように顔を上げると、帽子のつばの向こうから、あっけに取られている2人の男の間にある杖を見た。
 その緑色の目がにやりと歪んだ。ぞくりとするほど冷たい光を反射した緑の瞳には、何の感情も読み取れなかった。


 それが珍品好きの店主と、御者にばけた盗人が、最期に見たものだった。

     *

「杖の気配が強くなった。降りる」
 紅い瞳は、既に日の落ちかけた街の中に杖の姿を探している。
「本当に? でも、どこにあるかまで特定は出来ないんだろう? まだ移動してる可能性も……」
「ない。本当にお前は頭が悪いな」
 けがも治りきらぬまま一日中馬車に乗って、疲労もあらわなラプラに、しかしシエリの返事は容赦がない。
「夜になれば杖の気配を探りづらくなる」
 今にも飛び降りそうなシエリの手を、慌ててルツがつかんだ。
「待って、シエリ。わかった。この街に止まりましょう。ちょうど日も暮れ始めたところだし、馬車も止まらなきゃならないわ。ねえ、御者さん?」
「もう一個先の街まで行こうと思っていましたが。まあ、ここでもいいですよ。俺は頼まれた日までに荷物を届けられればいいんで」
 馬車の速度が落ちる。普通街には、御者が馬車を預けて泊まるための宿がいくつかある。御者は6人を降ろすと、翌朝の待ち合わせ場所を伝え、街の中に消えていった。
「で、どこにあるんだ?」
 ウォンが興味深々といった目でシエリを見やる。シエリは既に目を閉じて、また杖の気配を探っているようだった。
少女は何の前ぶれもなく突然目を見開くと、何も言わずに走り出した。5人は仕方がなくその後を追う。それを幾度か繰り返した。
 もう日は沈み、街は夜の空気をまとっていた。通りは店の灯りで明るく人通りも多い。まだ幼さを残す少女を先頭に、立ち止まっては走り、立ち止まっては走りしている6人の奇行を街の人々が振り返る。
 シエリは懸命に気配を探っているようだったが、だんだんとその時間が長くなってくる。夜になれば探りづらくなる、とはこういう事か。ラプラが一人納得したところでまたシエリが立ち止まった。
「見失った」
 やっぱり……。
 ラプラとルツは、とため息をつく。キルトはいい加減にしてくれと頭を抱える。ウォンは期待を殺がれて肩を落とした。ラギは、
「では、宿を探しましょう」
 どっと疲労の色が押し寄せた皆に、にこやかにそう告げた。





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第2章 馬車に揺られて