第2章 馬車に揺られて


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 結局、シエリの体調が戻らないため、出発は一日延ばされた。その間、他の5人はそれぞれ街に出て、セイズまでの道のりの情報を集めた。
途中ルツは船の負傷者である、サンクとカイツを見舞う。そこに偶然居合わせたブランガルから、きっちり報奨金を受け取った。
ブランガルの話も含め街の情報を統合すると、セイズに行くには馬車を使うのが安上がりだ、という事になった。今夜は全員、酒はなし。すみやかに寝床に入る事。半ば強制的なルツの提案に従い、皆しっかり睡眠をとって出発の朝を迎えた。
「本当にもう大丈夫かい? もう一晩くらい泊まっていったらどうだい?」
「大丈夫だ」
 心配そうに聞いてくるメグに、シエリははっきりとした口調で答える。
「そうかい、その様子なら大丈夫そうだね。ルツはしっかり者だし、ラギもいるしね」
メグは軽くシエリの頭をなでると、ラギを見やってにこりと笑った。ラギも微笑んでうなずいて見せる。
「ウォン、キルト、あんたたちも元気でね。シエリのこと守っておやりよ。あんまりルツを困らせちゃ駄目だよ」
 一くくりにされた上に、一番やっかいな人間を困らせるなと言われれば反論の一つもしたくなる。しかし、宿を借りた最初の日、くじびきの神のいたずらにより同室を余儀なくされた二人の一悶着で、高価な窓ガラスと部屋の壁が犠牲となった。言い返す言葉などあるはずもない。
「それにしても、ルツたちおせーなあ」
 セイズに向かう馬車を探して、朝早くに出かけていったルツとラプラは、まだどちらも戻ってきていなかった。航路が復活したため、街を行き交う人々は多く、また各地に向かう旅人も多い。そのため馬車を見つけるのに時間がかかっていた。
 ブランガルからルツが聞いた情報の中には、偽の御者の話もあった。この人の行き来の多さに乗じて、旅人の荷を狙っているというものだ。
 だまされること無く、確実にセイズ行きの馬車をつかまえるために、自分とラプラが街に出る。ラギに監視させて、だまされそうな年少3人はその場に待機させる。
ルツの判断は最善に思われたが、しかし大穴があいていた。
 監視は穴のあいたざるだった。
 早くラギの家に行ってみたいウォンにとって、ただ待っているだけの時間は落ち着かない。ただでさえ一日延期する事を我慢したのだ。一刻も早く次の行動に出たい。
「おせぇ! あの二人に任せておけねーな! 馬車を捕まえりゃいいんだろ? オレも行って来るわ!」
 キルトが止める間もなく、ウォンは力をためていたばねのように飛び出すと、街の人ごみの中に消えていった。
 そしてまたシエリも同様だった。早く新しい街に行ってみたい。少女は無言でノア革のマントをひるがえすと、キルトの制止の声を無視して、あっという間に街の喧騒に紛れてしまった。思わずつき出したキルトの右手が、虚しく宙をかく。
「あんたも、少しは止めろよ……。あの常識のない2人が街に行っても何の役にも立たないだろう。むしろ何かに巻き込まれかねない……」
 次の行動に移りたい気持ちは、キルトが誰よりも大きく深刻だった。恨めしそうな視線をよこしたキルトに、ラギは困ったね、とだけ答える。少しも困っていないような物言いと変わらぬ笑みに、キルトはため息をつくしかなかった。


 シエリは停まっている馬車を見つけては、てくてくと近づいていく。無言でじっと視線をよこす少女に、御者の反応は様々だ。迷子だろうと知らぬふりをする者、大事な商品に触れられては困ると追い払う者。中には馬が珍しいのかと声をかけてくるものもいたが、見飽きてる、という愛想のない答えを返して、シエリはまた次の馬車を探し歩く。
ふと、目の前の曲がり角に、もう7台目となる馬車を見つける。ためらいなしに近寄った。
「お譲ちゃん、馬車を使うのかい? 何処へ行きたいんだい」
 痩せた中年の御者は、じろじろとシエリを見る。
「セイズだ。他にもいる」
 顔に似合わない、不遜な物言いに多少驚きながらも、御者はにやりと笑う。
「おう、ちょうどいい。俺もセイズに手紙を届けるところだ。いくら出せる?」
「何がだ?」
 きょとんとするシエリ。
「何がって、運賃だよ。金さ、金。ついでとは言え、それなりに出してもらわなきゃならん」
 男の言う事を理解できないシエリは、無言で宿の方を指差す。
「ついて来いってかい? 生憎だが、ここで人を待っていてね。お仲間さんがいるなら、ここに連れてきてくれねえかい? なあに、先約はあんたらだ。他の客が来ても断って待ってるさ。その代わり、ちゃんと連れてきてくれよ。こっちも商売なんでね」
 男は眉をつりあげて見せると、シエリの表情をうかがった。シエリはこくりとうなずく。
さっそく宿に戻ろうとするシエリを、男は慌てて呼び止めた。
「おっと、待ちなよ、譲ちゃん。先に荷物を乗せておけよ。これから預かる荷物と一緒に積んで、あんたらの乗る場所作っておくからよ」
 シエリは持っていた荷物を全て男に渡す。男は、それを馬車の荷台の奥に押しやった。他にもいくつか荷物が積まれているようだが、6人くらいは乗れそうだ。シエリはそれを確認すると、さっと踵を返した。


「待ちなさい。あなた、その荷物どうする気?」
 ルツは厳しい口調で言い放つと御者をにらむ。
「どうするって、セイズまで行くのだろう?」
「その子、私の連れだけど予定変更よ。セイズのすぐ近くの、セリア村に行く事になったの」
「セリア……? ああ、俺もそこに用事がないわけじゃない。ついでに寄ってやもいい。じゃあ、早めに出発したい。早くお仲間を呼んで来てくれないか?」
 御者は恩着せがましい口調でルツを急かす。
「まあ、寄ってくれるの!? 助かるわ! あんな辺ぴなところに行く馬車が見つからなくて困ってたの!」
「まあ、良いって事よ。世の中助け合いって言うものが大切だ」
 御者は少し得意気になって、にやりと笑ってみせる。
「本当に助かる。ところでセリアなんて村、どこにも存在しないんだけど、あなた何処に行く気?」
 一瞬呆然とした男が、ようやく目の前の女の意図を察して苦い顔をする。
「もう一度聞くわ。あんた、その荷物をどうする気なの?」
 先ほどよりも数段冷たい声だ。その後ろでは、ウォンが訳が分からないといった様子で、ルツと御者の顔を見比べていた。

「だから、何で宿で待ってなかったの! 言ったでしょ、絶対にだまされるから大人しく待ってなさいって! あのまま皆を連れに宿へ戻っていたら、荷物ごととんずらよ」
ルツは、最初にウォンにあった日を思い出してため息をつく。だまされて荷物を奪われそうになった所に、助け舟を出してやったのはそう遠い話ではない。
「だってよー……。早くラギんちに行きてーじゃん……」
 もごもごとウォンが口ごもる。
「あんた、何度言っても分かってないようだけど、そのホルダーは私の物なの。危うくまた盗られるとこだったじゃないの。知らないみたいだけど、それってけっこう高いものなのよ? 何でそんな物を持ってるのか知らないけど、大事なんでしょ? じゃあ、絶対にそばから離すんじゃないの。全く、今まで盗られなかったのが不思議なくらいだわ」
 ウォンはむくれたままルツと宿に戻った。そんな値打ちものとは知らなかったが、たとえ高価じゃなくても確かに大切なものだ。ルツの怒涛の叱責には反論の余地もない。 
宿には先にラプラが戻っていた。
「そっちはどうだった? こっちはちょうど都合のいい馬車が見つかったけど。仲間と相談して来るってすぐ近くで待ってもらっている」
「良かった。こっちは、なかなか交渉に折り合いがつかなくて……。じゃあ、さっそく出発しましょ」
ルツはキルトたちが座っているテーブルに目をやって、思わず眉をよせる。
「シエリは?」
 つい声が低くなってしまったルツを責められようか。
「それが、その……、俺は止めたんだけど、自分も馬車を探しに行くって出て行って、その……」
 引き止められなかった事に、決まりの悪さを感じながらキルトがルツの顔色をうかがう。にらむような視線を返された。キルトは助けを求めるようにラギに視線を放るが、勝手な2人を全く止めなかった監視役は、この状況下でもにこにことしている。理解が出来ない。行き場をなくした視線はテーブルの上にぽてりと落ちた。

カラン カラン

ちょうどその時、食彩亭の扉を開けるベルが鳴った。
シエリが少し得意気な顔で店の中に入ってくる。
「馬車を見つけた」
「それはいいけど……、シエリ荷物は?」
 ルツは言いながらテーブルを見回すが、それらしき物は置かれていない。
「馬車の中に置いてある」
 ルツは頭を抱えてうなる。ウォンは気まずそうに視線を泳がせた。





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