第2章 見えない月の導き


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 パチパチと火の爆ぜる音が耳に心地よい。虚月とは言えユーゼリア大陸の気候は温暖だ。少し距離をおいて聞こえてくる虫の音もまた、森の中に腰を下ろした6人を自然と安心させた。
 昼間に見つけた美しい湖で、綺麗な水を浴びる事が出来たせいもあり、野宿とはいえ久々に快適な夜になった。



 戦闘があった日の翌朝、雨はあがり、幸か不幸か森には霧がたちこめていた。敵から見つかりにくい事は幸いだったが、黒い蝶の存在が間近に来るまで分からない。そのため余計に神経をすり減らさねばならなかった。
 6人は一夜を過ごした岩陰を出ると、霧の具合を見ながら細心の注意を払ってさらに森の奥へと移動した。一度生物に触れた蝶は消滅するからだろうか。奥へ進むにつれて、黒い蝶の襲来は目減りしていった。
 28日の夜になった。夜は火を焚いて、身の周りの様子が分かるようにして交代で眠ることにした。ルツは眠る5人を見やってため息をつく。それは安堵も混じったため息だった。このまま行けば乗り切れるかもしれない。
 一番心配していたのはウォンの傷だった。
 目の前で見ていたルツは、大鎌が振られた瞬間もうだめだと思った。地面に転がったウォンに思わず駆け寄り、震える手で傷を確認して驚いた。鎌がすっぱり入ったように見えた腹の傷は浅くはないものの、臓器にはとどいておらず、出血さえおさえれば命には関わらないような傷だった。
 今は貪欲に体力を取り戻そうと、大いびきをかいてぐっすりと眠っている。
 その横でやはり極限まで疲れてるのだろう、いびきなどものともせずぐっすり眠っているのはシエリだ。木にもたれて身体を休めるラプラを、当然のごとく枕にして眠っている。小さな身体でここまで体力がもっていることにルツは感心していた。意外に根性があるようだ。
 枕にされているラプラは寝心地が悪そうだ。けがの痛みもあるのだろう。浅い眠りと覚醒を行ったりきたりしている。
 ラギもキルトも静かに眠っている。ラギは基礎体力がしっかりしているようで、この中では一番元気かもしれない。キルトも状態は安定しているようでひと安心だ。もう一度小さくため息をついたルツに声がかかる。
「眠っていいよ。俺が見張りをやるから」
 ラプラは眠っているシエリの頭を動かさないように気をつけながら伸びをした。
「そんなに張り詰めてると、一番先に倒れちゃうよ」
 ラプラは冗談めかして言ったが、もっともな言葉である。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 ルツは鞄を枕にして横になる。身体の奥から地面に引き込まれるような疲労感がわいてきた。思っていたよりずっと気を張っていたらしい。ルツは大きく息を吸ってゆっくり吐くと、あっという間に眠りに落ちていった。
 翌朝は、暴れ狂う拳大の蜘蛛の襲撃に失神しかけたルツの絶叫で皆たたき起こさされた。心身ともに疲労は限界に達していたが、朝の騒動を除けば特に何事も無く1日が過ぎ、凶暴化した動物にも不吉な蝶にも出くわさなかった。
途中霧も雲も晴れ、空腹は豊富な山の幸で満たす事が出来た。青い空が見えるようになった事、美しい湖を見つけた事、そして体力を回復させるために、ルツが煎じた薬湯を小まめに皆に飲ませた事で何とか持ちこたえ、6人は29日の夜を迎えていた。



 ウォンが、手近にあった枝を、気のない様子でぽいと炎の中に投げ込む。それはパチパチと炎に包まれて自身も明るい橙を宿す。少年はじっとそれを見つめていたが、頭の中は先日、その身を感じたことの無い恐怖で満たした人物の事で一杯だった。
 黒づくめの人間がまとった、ざわざわと身体中を這いまわるような、おぞましい雰囲気を鮮明に思い出す。身震いしそうになるのをどうにかこらえ、ウォンは歯を食いしばり拳を握った。

 ――――圧倒的な力の差。底知れない残酷さ。

 今までも自分の命が危険にさらされた事は何度かあった。絶望的な気分を味わった事もある。
 それでもどんな時も心のどこかで、何とかなるかもしれない、とあきらめなかった。

 ――――だが今回は違った。鼻先まで迫った死に、今度こそどうにもならないと思った。

 全身に恐怖が駆け巡り、目の前の凍りつくような殺意にすくんだ。空気に刺し止められたように、身動きひとつとれなかった。
 命を奪う事に微塵のためらいもない殺意は、殺す事に理由さえ持たないように感じられた。
 ここ数年旅を続けて、心身ともにずい分強くなったと思っていた。努力すれば追いつけない奴などいない。そう思っていた。

 自惚れだった……。オレはまだまだ弱い……。

 いつの間にか拳を開いて見つめていた手のひらを、ウォンはまた握った。悔しさを、ありったけの力を込めて強く強く握った。
「あんたの借金、また増えたわねぇ……」
「は?」
 握りこみすぎて手のひらに血が滲んだあたりで、ルツが唐突に言った。あまりに緊張感のない言葉に、思わずウォンは強張らせていた肩を落とし、間の抜けた声を返す。
「ホルダーどころじゃなくなってきたわね。船の賭け試合で負けたお金は、この前お見舞いの時、しょうがないから私がサンクに払ったでしょ? さらにそれ……」
 ルツが指差した先はウォンの腹の傷だった。何が言いたいのかわからず、ウォンはじっと自分の腹を見つめる。
 切られた直後か、いつの間にかルツが薬草を挟んで巻いたらしい包帯は、先ほど水浴びの後、再びルツによって丁寧に巻き直された。
 はっとしてウォンは顔をあげる。
「何だよ……まさか、治療代よこせとか言う気かよ……」
 げんなりしてウォンは腹をさする。逃げる事に精一杯で剣も置いてきてしまったため、新しい剣を手に入れなければならなくなった。これ以上借金が増えるのは避けたい事態である。
「治療代は私の慈悲で勘弁しといてあげる。でも、それ高かったのよね……、攻撃魔法を弱める効果もあったのに……」
 ルツは頬に手をあてて大げさにため息をつく。ウォンはもう一度自分の腹を見下ろし、ふと血に染まって赤黒い包帯の結び目の端をつまんだ。包帯だとばかり思っていたその布は、どこかで見た覚えがある物だった。
 再び、はっとして顔を上げたウォンは、ルツがいつも首から肩にかけて巻き、ひらひらさせている紫の織物がない事に気付いた。

「ま、まさか、これ包帯じゃない……?」
「包帯はあいにく切らしてたのよね……。でもその出血の多さ、いくら血の気の多いあんたでも、さすがにまずいかと思って、しょうがなく……」
 言葉を切ってルツが冷えた目でウォンを見やる。
「私のお気に入りの高級絹織物を巻いてやったのよ」
 『高級』の単語がえらく強調されたように聞こえたのは、ウォンの気のせいではない。別の寒気を感じてウォンは顔をひきつらせる。
「まあ、その、なんだ……、もう少し旅に付き合ってやるよ。な? それでいいんだろ!」
 半ば投げやりに言ってウォンはそっぽを向く。そういう事ね、とルツはにこりと笑った。
「その間にまだまだ強くなればいいだけの事でしょ」
 ルツはぽつりと言葉を付け足した。気持ちを見透かされたようで、驚いたウォンがその言葉の意味を問おうとする前に、ルツ自身によって話題は切り変えられた。
「シエリ、具合でも悪いの? 風邪ひいた?」
 普段から表情の少ないシエリである。注意していないと気付かないほどであったが、様子が少しおかしい事がルツは気になっていた。
 少女は大きな瞳に焚き火の炎を映して、無言で首を横に振る。その様子を見てふとラギが微笑んだ。
「ペンダント、少し残念だったね」
 シエリが弾かれたように顔を上げラギを見た。ルツもはっとする。ラプラ、ウォンもそういえば、と顔を上げてシエリに視線を送った。キルトは、またもや空気の沈みそうな気配に小さくため息をつく。
 逃げ切る事で頭がいっぱいですっかり忘れていたが、シエリがメグたちから譲り受けたペンダントは、グズベリたちに奪われたままだった。
 かける言葉を見つけられず、ルツは黙ってシエリの頭をなでた。
 少しの間の後、シエリがぽつりともらす。
「あれを着けてまた訪ねると、メグたちに約束したのに……」
 失くしてしまった、とシエリはまた口を引き結ぶ。めったに表情の読み取れないシエリの、しょんぼりとした声音に、6人の間にまた沈黙が下りた。焚き火の中でぱちっと枝がはじけて火の粉がふわっと舞った。
「あのペンダントはね」
 ふいにラギの柔らかな声が沈んだ空気をすくい上げる。
「メグさんとベイグルさんの娘さんの物だったんだ」
 そばに積み上げておいた小枝を焚き火に付け足しながらラギが静かに話す。5人は黙って続きを待った。
「あの綺麗な紅いペンダントと同じような瞳の女の子だったそうだよ」
 シエリみたいにね、とラギは紅い瞳の少女に微笑む。
「ペンダントはその子のために2人が買ったものだった」
 ラギの話し振りから次に語られる事実を予測すると、ルツは明るい夫妻の笑顔を思い出して胸がつきんと痛むのを感じた。
「でもずいぶん前、急に行方がわからなくなった。ずっと探しているけど今でも見つかっていない。手がかりはほとんど無かったらしいのだけど、ひとつだけ……」
 ラギはシエリに向き直る。
「あのペンダントが近くの森の小道に落ちていたらしい」
 シエリは改めてペンダントの大切さを想い、うつむく。
「前はペンダントは残ったけれど大事な人はいなくなってしまった。でも今回はペンダントは無くなったけれど、シエリが助かった。あのペンダント、本当にお守りになってくれたんだね」
 うつむいたままシエリは、ラギの言葉を黙って聴いている。
「またそのうち、元気な顔を2人に見せに行こう。たとえペンダントが無くても、シエリが無事なことを、二人とも心から喜んでくれると思うよ」
 微笑んだラギに、シエリは黙ったまま、しかし今度は強くうなずいた。



「今日は何日だ?」
 ふいに、ウォンが話題を変える。29日まで逃げ切ろうと言いながら、何とかここまで来たと言うのに、のんきな事である。ルツは思わずため息をついた。
「29日よ……」
「そろそろ30日になるかな?」
 ラプラは懐中時計を取り出して時計の針が12時に近い事を確かめた。
 ラプラの言葉に反応したのはシエリだった。
「30日…………誕生日だ!」
 ついさっきまでしょぼくれていた少女が、興奮気味にルツを見た。シエリの言わんとすることは分からなかったが、その様子にルツは思わずくすりと笑う。
「何? 今日が誕生日なの?」
「15歳だ」
「そういえば……、誕生日が来る前にラグランシア大陸を出なきゃいけない、って言ってたよね」
 ラプラは、船に乗る前のシエリの頑なな様子を思い出す。そして、危機的な状況で確信した一つの推測のことも。
「ちょっと落ち着いたところで、聞いておきたいんだけど……」
 言葉を切ってラプラはシエリを見やる。
「シエリがラグランシア大陸を出たいって言ってたのは、もしかして厳密に言うとエル=オーヴァから離れたいって事だった?」
「そうだ。珍しく察しが良いな。これで、15の誕生日までに城で儀式を行うことは、もう不可能だ」
 無表情のシエリには珍しく、嬉々とした様子がうかがえる。いつも片言のシエリが一文しゃべりきったのを聞いたのは、これが初めてではないだろうか。
「城……?」
 ウォンが怪訝な顔で聞き返した。答える様子の無いシエリに代わって、ラプラがためらいがちに核心を口にする。
「つまり……聞いていなかったけど、シエリの本名は、シエラギーニ・エル=オーヴァだね?」
「エル=オーヴァって名前なのか。国の名前と同じ奴もいるんだな」
 ふーんと何やら感心した様子のウォンの横で、ルツは驚きの眼差しをシエリに向けていた。シエリから視線を外せないままウォンに呆れる。
「あんたはほんとにお馬鹿ね……」
 自分に向けられた言葉だと察知したウォンがむっとルツをにらむが、ルツの瞳はシエリを凝視したままだ。
 ふ、と驚きからやっとぬけたルツが笑む。
「シエリ、あなたお姫様だったのね」
 ルツの言葉の意味をすぐに飲み込めなかったウォンが、間をおいてから驚愕の声を上げる。
「まじかよ!?」
 会話には興味が無い様子で焚き火に枝を放っていたキルトも、思わず目を見開いてルツを見やってから、まだ幼さを残す少女をまじまじと見つめる。王族の人間がこんな真っ暗な森の中、すぐ目の前で野宿をしているなど、にわかには信じがたい光景だった。
 しかし、今までの自分の行動を振り返ったキルトは、途端落ち着かない気分になって視線をそらした。特にフラムの街の宿では、その少女に殺意さえ覚えたのだ。誤魔化すようにキルトはぽきり、ぽきりと枝を追って火にぽいぽいと放る。
「じゃあ、エル=オーヴァの王家の女性は、特殊な魔法を使えると言うのは本当だったわけか」
 ラプラは記憶を手繰り寄せる。
 エル=オーヴァ王家の女系は、月とこの地の空間をつなぎ合わせ、この地には存在しない生き物を呼び寄せる事ができるという。
 どこかの酒場で小耳に挟んだ話だったが、実際に目にするまでは忘れ去ってしまうほどに、絵空事だと思っていた。
「この前の変なでけぇ蛇を出したやつか!」
 目を輝かせたウォンをシエリがきっとにらんだ。
「蛇ではない。シロだ」
「どう見ても蛇だろ」
「シロだ」
「んじゃ白ヘビだな」
「だからお前は馬鹿だというのだ」
 低次元な言い争いが始まりルツは頭を抱えたが、元気を取り戻した様子の2人に安堵もした。



 誰が見張りとも決めず、何と無しに6人とも起きたまま時間が過ぎる。
 っくしゅ、とふいにキルトがくしゃみをした。
「風邪?」
 薬を調合した方がよいか、とルツが問う。横からすかさずウォンが憎まれ口を挟む。
「オレたちなんか泥水の中に転がされてても、風邪なんかひいてねーのに、これだからよわっ……」
 皆まで言わないうちにルツの平手がウォンの口をぴしゃりと塞ぐ。もごもごと話し続けようとするウォンを無視して、ルツはキルトに微笑む。
「あの時、よく戻ってきてくれたわね。助かったわ。本当に」
 キルトは決まりが悪そうにふいと視線を外す。
「別に……。戻ってきたわけじゃない。単に通りがかったから……。ついでに……」
 ずいぶん無理のある嘘だった。一時は本当にセイズに向かったのかもしれない。セイズに行く人間が、ユトの森の奥に通りがかるはずはない。おそらくユトの街で情報を集めて馬車を追って来たのだろう。

『俺は俺の道を行く』

 ウォンが憎たらしげに口真似していたキルトの言葉を思い出して、ルツは、ふ、と笑った。
「あんたの『道』に、私たちはまだいたわけね」
 ルツの顔が本当に嬉しげに綻ぶのを見て、キルトはまた落ち着かなくなり、ふいと視線をそらした。



「ところで、この後はどうする?」
 ラプラが今後の事についての話題を切り出したのは、既に3時を過ぎた頃だった。シエリはルツにもたれてくぅくぅと寝息をたてている。ラギは穏やかな笑みで焚き火を見つめている。ウォンも何とか話を聞いていようとしていたが、時々激しく襲ってくる眠気に何度も体勢を崩していた。キルトはくしゃみを繰り返しながら、だんだんとぼーっとしてくる頭で何とか平静を装っていた。
「向こうの動きがこれ以上分からない限り、どこに行っても同じ気がするわ。戻ってもしょうがないし、予定通り、ラギの家に向かうという事でいいと思うけど……。でも出来るだけあいつらが言っていたセイズの森から離れて移動したいわね」
 ルツが、ラギとラプラを交互に見やる。
「そうだな……。黒い蝶も見かけなくなったし、向こうがこっちを見失ったと期待して行動するしかないと思うよ。油断は出来ないけどね」
 ラプラの言葉にラギもうなずく。
「このまま進んでセイズの森に入ると危険だと思います。少し遠まわりにはなりますが、いったん森を出て街道を行く方がいいのではないでしょうか」
 ラギの言葉にルツとラプラがうなずく。ウォンもうんうんと数回うなずいた後、そのまま、また崩れそうになって慌てて身体を起こした。
「結局……、あいつらは何者だったんだ?」
 ぼーっとする頭を抱えつつ、キルトがだるそうに問う。
「憶測だらけで一本に繋がらないけど、船や質屋での事件に、あいつらが何らかの形でからんでるのは間違いないと思うわ。それにしては私たちが船に乗っていた事には気付いてなかったようだけど……」
 ルツはわからない、といったように首を振る。
「奴等の使っていた黒魔法も気になるな」
 ラプラは闘った時の妙な感覚を思い出す。黒魔法であるはずなのに、どこか違和感がある。もともと一般的に快く受け入れられていない黒魔法が、本当に闇とまじりあって危険な方向へ大きく傾いたような感覚。
 それにあの、作り物のような緑の目……。
 ラプラは嫌な予感を振り払うように小さく首を振った。
「やば過ぎるぜあいつら」
 気になっていた話題になり、少し眠気の波が過ぎたらしいウォンが急に話に加わる。
「馬だけじゃなく、あの気色悪いグズベリとか言う奴の血も真っ黒だったんだぜ!?」
「僕も黒の魔法剣は初めて見ました」
 ルツは迷ったように面々に視線をやる。
誰もが普通ではない不穏を感じているのだ。常に黒の気配がまとわりついている感覚。
今が話す時かもしれない。
ルツはひとつうなずいて、船を下りる時に自分が気付いた事を5人に告げた。
「実は、ローアンに着いた時に気付いたことがあったの……」
 ジーナ・アドマールという名に隠されていた裏の意味。アドマールというつづりを並べ替えると浮き上がる、という不吉な黒月を表わすつづり。
「何の確証も無い事だから、はっきりするまでは黙っておくつもりだったの。でも、これだけ似たような事件が続くとね……」
黒魔法は黒月を源とすると言われている。これだけ妙な黒魔法に出くわせば、黒月の存在をただの伝説と言い切れないのも無理は無い。
「ラムダ……」
 ウォンが確かめるようにつぶやく。
「3番目の……月……」
 キルトもひとりつぶやいた。
 誰からともなく無言でそっと空をあおぐ。
 しかし、空には雲の影さえ無い。
 急に何か恐ろしいものに見下ろされているような気になった自分が可笑しく思え、ルツは笑った。つられてラプラも笑う。
「めちゃくちゃに歩き回ったからここがどこなのか全然わからないけど」
「これだけ晴れていれば方角くらいはわかるわね」
「んじゃ、次の目的地はラギんちかー」
 ウォンは、上を向いたまま両拳を夜空に突き出し伸び上がると、大きなあくびをした。




 存在するのかしないのか、姿が見えないだけなのか、真実はわからない。しかし、黒月の輪郭すらも見当たらない6人の頭上には、息をのむほど美しい満天の星空が広がっていた。


                 《了》





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第2章 見えない月の導き